眠るまで晦日は終わらない

「長谷部くんの事なんかもう知らない」
そう告げて、燭台切は障子を閉めて部屋へ急いた。後ろから慌てた様に戸が滑る音がしたが振り返る事もしなかった。
それもこれも、長谷部が悪いのだ。数日前、恋人なのだから、年の瀬くらいは一緒に過ごしたいのだと強請った燭台切に、分かったと長谷部は答えた。が、しかし。当日になってみればどうだ。長谷部の自室に赴けば、恋人は書類を持ち込み挙句の果てに「そんな約束、したか?」などとほざいた。
それにぷつりと血管のキレる音を聞いた燭台切は、いつも通りの、しかしそれにしては冷めた笑みを浮かべ──そうして燭台切の冒頭の言葉に戻る。
最初こそ足取りは普通だが、自分の部屋へ近付く度に足音がダンダンと踏み鳴らした音になる。近い部屋には伊達の知り合いばかりだから、そこまで気を張る必要も無いだろう。
「……あ゙ー……」
ぼふ、と部屋の隅に出しておいた畳んだ布団に顔を埋めて声を上げる。
みっともない。あんな事を言うつもりじゃなかったのに。いつも忙しそうなことは分かっていたから、今日だって優しくしたかったのに。ああいうのを見たなら、何か差し入れでも持って行って……。いやでも、約束を忘れた長谷部くんだって悪い筈だ。
色々考えるも、言ったことやした事は変わらない。ふと顔を動かし布団から覗かせると、目に入った時計は23時過ぎを示している。
「……なんだか、疲れちゃったな」
一緒に過ごすのを楽しみに、おせち作りや年越しそば作りを頑張ったのだけれど。
過ごす予定だった相手が居ないのなら、もう無理に起きている必要も無いだろう。別にこの部屋を訪れる人も居ないのだからもういいか、とそのまま畳んだ布団を抱き枕替わりに目を伏せた。

障子の向こうから、何か物音がする。
目を開き、霞む視界の向こうで見えた時計はとっくに新年を迎えている。
眠たい目を擦りながら何とか身を起こせば、障子の向こうに人影が透けている。
「ん、誰……?」
「…………燭台切…………」
掠れて消えそうなその声は、よく知る恋人の声だ。燭台切は慌てて飛び起き――少し前に、もう知らないと一方的に突き放した事を思い出した。
「……どうしたの?」
敢えて突き放す様な声で尋ねると、ビクリとあからさまに影が跳ねた。
「そ、その……すまなかった、年越し、一緒にって約束したの、に……」
「覚えてなかったんだろう?」
「お前に言われて……思い返すと、確かに、分かったと頷いた、と……」
大きな溜息をひとつ吐き出す。挙動不審な影を見ながら障子を開くと、申し訳なさそうに縮こまった長谷部がそこに居た。彼はいつものカソックは着ておらず、戦装束のシャツとスラックス、それからカマーバンドだけを身につけている。腕を伸ばし掴むなり跳ねたその肩は酷く冷えきっていた。
「ね、いつ来たの?」
「そ、その、つい、30分程前……」
「……僕が起きるまで、ずっと待っててくれたんだ。」
「……ね、むらずに来たんだが……」
今に泣き出しそうな長谷部を、堪らずに抱き締めた。
「……本当に、すまない……」
「長谷部くん」
名を呼ぶだけで身を震わせる恋人に、散々尽かした愛想もいつの間にか帰ってきた。怯えた様子の恋人の耳元へ、そっと唇を寄せた。
「寝ちゃうまでは、大晦日って事でもいいんじゃないかな?」
バッと顔を上げた恋人がまた愛おしい。
「……いいのか?」
「寝ずに会いに来てくれた長谷部くんに免じて、許してあげる」
冷え切った髪を緩く撫で、そうと腰を抱いて二人は部屋へと消えて行く。
閉じた障子の向こう、二人の年越しはまだ少し先の話。


年越しに書いた物です。
珍しく甘く終わってひっくり返ったのは懐かしい話。