キミになる木

これは、とある本丸の話だ。

実に簡潔に言うならば、その本丸には互いを想い合い、支え合い、仲間、或いは家族といった一線を越えた――所謂恋仲に至った刀が居た。その事については、きみも重々承知しているんじゃないか? まぁ、そんな奴らが居たわけだ。
その二人――二振り、と称する方が正しいだろうが、それは今はちょっと無粋だ――は、各々の本丸では良縁かもしれないし、はたまた悪縁やもしれない。それこそ個体差という物だろうが。少なくとも、その本丸においては良縁に違いなかった。その本丸に降りた誰もが口を揃えて言うだろう。とてもお似合いだと。それこそ絵になる。男二人寄り添っていようと暑苦しくも、むさ苦しくもない。実に綺麗で、互いを思い遣れる良い二人だった。その二人ばかりが綺麗ではないだろうって? 残念ながら第三者から見てそうだとしても、事実そうだったのさ。きみもその二人を直接見ればその言葉を飲み込んだんだろうが――残念、どうにもそれは叶わない。
閑話休題。さっきも言ったように、二人はお似合いだったし、誰もが微笑ましくなるような恋仲だった。そう、一人を除いて。たった一人。神の末端に混ざる人の子一人――審神者としてそこで暮らす主だけが、良い顔をしなかった。
恋仲である二人以外の刀は皆困ってしまった。とても良い関係の二人なのだ。主が良い顔をしないというのは悲しいし、そもそも俺達は皆、人の感情の数多を見てきたんだ。良い顔をしないという主に、最悪をも考えなければなるまい。
故にある日、恋仲二人が逢引で居ないその日に、主の元へと皆で赴いた。
その頃主という人は、まるで外に出るのも億劫だとばかりに部屋にこもりきりの日々が続いていた。その理由についてちゃんと話してくれたことは一つもなかったが。だから……部屋と廊下を隔てる障子を挟みながら、という条件で話を聞いてもらえることになった。きっかけとばかり、ある刀はこう問いかけた。
「お二人に良い顔をしないのは、馴染みがないからでしょうか?」
障子に映った主の影は、首を横に振った。するとまた別の刀がこう問う。
「じゃあ、普通じゃないからですか?」
その人はまた首を横に振る。焦れたとばかりに、最初に政府から主へ、降ろされた刀が問うた。
「なら、君は二人を羨んでいるとでもいうのかい?」
また、首が横に振られた。ふむ、と悩んで美しいと持て囃される刀が問うた。
「ならば、嫉みの様なものだろうか?」
今度は数拍置いて、ゆっくりと迷ったように首が横に振られた。その間、主は一言たりとも喋らなかった。時間を置かずに、数多の刀が口々に問う。二人が戻ってくるまで、時間が無かったからな。結局主は、どの問いにも頷く事は無かった。そうこうしているうちに、二人が戻ってくる時間になったものだから、まるで皆何事もなかったかのように散会した。そうして残る者も三人、二人と少なくなり、俺を除いて最後の一人になった、慣れ合わないはずだった刀が言った。問うたのではなく、こう言ったんだ。
「その感情でアンタが破滅するとして、あいつらを巻き込むな」
しかしとうとう主は一言も発さず、けれど最後の言葉に首を振るでも、頷くでもなかった。
戻って来た二人か? それはもう楽しそうに、皆に幸せを分けるかのように笑みを浮かべていた。そんな二人を見て皆安心したし、そうっと心に決めた。主だけではなく、彼らをも見守ろうと。誰が言うでもなく、心中で揃って。それが幸せな二人の終いの日と知る由もなく。

二人が戻って来た夕を越え、幸せそうな惚気を聞いて、夜を越した。二人は寝室をも同じ部屋で過ごし、朝には一人が、朝に弱いもう一人を支えながら洗面所へ向かう様な二人であったから、翌朝一人だけが部屋から出てきたときは、皆大層驚いたものだ。
小さい刀たちは空気を読んで場を少し離れ、大きい物たちがさては閨事かとひそひそとその一人に問う。すると彼は緩く首を横に振って答えた。
「いいや。主に用があると夜遅く呼び出されたんだ。それから帰って来てない」
さてそうなると困るのは刀たちだ。なんせ昨日、主に二人を良く思わない理由を問うたばかりだったから。すると初めに打たれ降りた短刀が駆けてきた。実は久方ぶりに主が部屋から顔を見せたのだという。それも、上機嫌に。
いやはや驚いた。昨日の今日で、そんな事があるものか! すると恋仲の一人がさっと短刀が来た方へと駆けていく。慌ててその背を追うと、主は部屋の前の廊下で、先程の報告とは打って変わって陰鬱に俯き、何やら風呂敷を抱えて立っていた。
彼は、と一人で部屋から出てきた彼が問う。すると主は首を緩く横に振り、その風呂敷をその彼へと差し出し端的に一言、答えた。
「折れました」
その場の皆が帯刀していなくて本当に良かったと思う。なにせその一言を聞いた瞬間にその場は殺気に満ちた。唯一、かの恋仲の彼だけが、殺気を発するでもなく、ただ茫然としていた。茫然として、何故、と独り言のように零していた。

これは、後から知った話だ。あまり向いていると言えない夜の戦場へ、一人単騎で送られていたらしい。無事戻ることが出来ても、何度も、何度も、何度も。なにせ「遡行軍が出た、それほど数は多くないらしい、皆もう寝静まってしまったから貴方にだけお願いしたい」と言われてしまえば、心優しく、仲間想いな彼は応援を願うのも心苦しかったのだろう。
折れるまで、それこそ折れてしまう程の傷を抱えても、必ず恋仲の彼の元へ帰るという強い意志だけで、何度も赴いた。その本当の意味を彼も知っていたのだろうと思う。嫉妬、嫉み。そうして、夜明け前にとうとう、ぱきん、と折れたのだと。
そう、後から知った。

話を戻そう。
彼はその差し出された風呂敷を奪う様に受取り、抱き締めていた。風呂敷越しにカチャカチャと金属同士が擦れ合う音だけが、殺気に満ちた廊下でずっと響いていた。彼はしばしそうしていると、不意に踵を返し、ただぽつり、暫くそっとしておいてほしい、といったことを告げた。皆頷く事は無かったが、そうするべきだと言われずとも分かっていた。
彼が部屋へ戻る背を見送った後、一人、二人とその場から無言で離れていった。誰も何も言わなかった。疎らになっていく中で、主は申し訳ないとばかりに部屋に戻っていった。その表情が酷く満足そうに歪んでいたのを見てしまったが。

そうしてその日から、彼は部屋から出て来なくなった。元よりこの身は食事も何も不要な身であるから何も問題はなかったが、本丸の空気はずっとどんよりとしていた。誰もが皆素通りする彼の部屋の前で、夜偶にだけ、主が哀れを装って「申し訳ない」と障子越しに告げているのを見るたび、その見たものが部屋から引きはがす日々が続いた。
彼が部屋にこもりきって、ひと月が経とうとした頃合いだろうか。その夜もまた主は障子に縋り哀れを演じていた。それを目撃してしまった以上、彼の願いを叶える為とまた部屋から引きはがそうとする。その時、部屋の中から久方ぶりに聞く声が言葉を紡いだ。
「柘榴の木を庭に植えたい」
それを許してくれるかという問いだった。主は夜半にも拘わらず勿論、と声を上げ、ならばまた外に出てきてくれるかと問うた。彼は、その植えたい柘榴の木を己以外誰にも触れさせない事を条件に頷いた。かくして、彼はまた部屋から出てくるようになった。
翌朝、彼は久し振りに本丸内へ姿を現し、心配をかけてすまなかったと皆に謝って回った。無論、誰も責めることなどなかったのだが。その後に万屋へ赴き、小さな柘榴の木の鉢を買ってきた。まだまだ小さい木ではあったが、本丸には霊力が満ちているから、すぐに実を付けるほどに大きくなるだろう事は明白だった。彼はその木を鉢のまま、その日一日部屋の中に持ち込んでいた。何故、と問いたかったが、彼はこちらが何か言うよりも前に「大きくなる前に眺めていたいから」と言うものだから、それを止めるものなど誰一人としていなかった。

夜になると、庭先からザク、ザクと土を掘る音が聞こえた。嗚呼、彼が柘榴の木を植えているのだなと思った。本当は何をしているのか、俺は分かっている気がしたが、それを止めてはいけないな、とぼんやり思った。

翌朝、庭にはささやかな柘榴の木が鎮座していて、その前に彼はしゃがみこんでいた。彼は愛おしそうにその木に水をやり、何やら話しかけているようだった。主は彼以外の皆を集め、彼が植えた柘榴の木には誰も触れてはならないと改めて周知した。まぁ、誰も触れる気は無かったのだが。良い主を演じるのに必要な事だったんだろう。
それから漸く彼は出陣も、内番も今まで通りこなすようになった。ただ遠征だけは、あの木から離れたくないと拒んではいたが。皆彼を慮って遠征は進んで代わったし、主も以来遠征には彼を出さなくなった。反面、主は彼の傍に行きたがった。理由は皆分かっていたから、そっと間に入ったり、話しかけて気を逸らすようにしていた。
柘榴の木は想像していた通りすくすくと大きく育ち、三月経つ頃にはたわわに実が実っていた。その頃になると彼はまた、出陣や内番も拒むようになった。曰く、傍に居たいから。彼が今まで築いてきた信頼は大きく、皆問題ないと判断して、彼のしたいようにさせた。それまで、彼が出陣していた最中に皆の面倒を見て戦力が底上げされたから、というのも大きいが。
彼は基本柘榴の木の根元に座り込み、時にその長い腕を伸ばし、重たそうに枝をたゆませる実をもぎ、その実を齧って過ごしていた。時折他の刀たちが声を掛けに行くこともあった。その度に彼は一言二言、嬉しそうに言葉を紡いでは俯いていた。稀に、恋仲を呼ぶ声がしていた。
彼に声を掛けに行った刀は皆、彼が不思議な事を言うのだと教えてくれた。
「今日は出会った日の味がしたって言ってました」
「今日は想いを自覚した日の味がしたって言ってたぞ」
「今日は、初めて触れた日の味だったって……」
どうにも彼は感想を言っているようだった。その実の味。それを聞くに、実ですら触れてはいけないのだろうと思ったものだ。

ある日、主が彼に声を掛けに行くついで、その隣に腰を下ろした。その瞬間、彼が主を突き飛ばすのを見てしまった。暫く穏やかだった彼が酷く怒鳴っているのが聞こえる。どうにも、主が腰を下ろすのだけは許せない。例え他の誰が許しても、それだけは絶対に、ということらしかった。主は酷い、とばかりにまた哀れを演じて泣いていたが、しまいには誰も主の相手をしなくなった。

それから、幾つ昼夜を越えたか。時期がとうとう変わりそうになった頃、俺はなんとなしに声を掛けた。何と声を掛けたのかは覚えていない。いつもは実を齧って幸せそうにしていた彼が、その日は実を齧って俯いていたから声を掛けたはずだ。
声を掛けた俺に彼は顔を上げ、くしゃり、と。泣きたいような、笑いたいような顔をして、こう言った。
「終わった。全部食べてしまった」
ざわざわ。ぼとり。ぐちゃり。ぐちゅ。と木に残っていた柘榴が一斉に落ちて、内側のその赤い実を晒した。風もない日なのにガサガサと木の葉を揺らす木の音に、慌てて本丸にいた皆が駆けてきた。主も、一緒に。

――これで一緒になったんだ。

彼がそう言った途端、開いたままになっていた彼の部屋、そこの刀掛けに置かれていた彼自身が、ぱきん、とあっけなく折れた。
部屋の中は閑散としていた。彼の物も、以前に折れた恋仲の物も何もなくなっていた。刀掛けの折れた刀以外、初めから何も存在していなかったかのように、何もなくなってしまっていた。
その様を見た主は半狂乱になり、以来鍛刀に明け暮れた。良い刀を喚ぶ為でなく、自らが恋心を抱いた、彼を降ろす為。彼が欲しいが為に恋仲の刀を折ったのに、己の物にならなかったかの刀を降ろす為に。

結果? きみなら知ってるんだろう?
少なくとも、その本丸では二度と正常な二振りは降りて来なかった。鍛刀に明け暮れていると、初めに折った恋仲の刀が打たれた。彼が居れば呼び戻せるのではないかと考えた主は、その刀を励起した。さて、呼ばれたその刀は、見た目が様変わりしていた。煤の髪は艶やかな黒に。藤の瞳は焔の色を携え、常と違う口上で「満足ですか」と問うた。
無論、常と違う刀に怯えたその人はその刀を容易く刀解し、また鍛刀に狂った。そして打たれた想い刀は、励起されればまた常と違う見目をしていた。黒々とした髪は日の光を通しキラキラと瞬く煤の色に。まるで琥珀のように輝いていた蜜の様な甘い色は、藤の色を映し。これまた口上を違え「一緒になったんだって言ったろう」と告げた。
二度と正しい二人は降りて来なかった。何度打っても、何度降ろしても、見目が、性格が、挙句は刀の刃紋、長さ、誂え、それ等が全て入り混じり、「へし切長谷部」でも「燭台切光忠」でも無い物しか、そこには来なかった。まさしく、一緒になったのさ。

それが、とある本丸の話だ。


「俺が知ってることは全部話したぜ」
物静かな本丸で鶴丸国永が聞かせてくれた話。それはとある本丸、と銘打たれたが、恐らくはこの廃棄される本丸で起きた事実なのだろう。
異常な鍛刀、刀解。加えて、審神者の発狂。それらを考慮し、この本丸は破棄される事になった。この本丸に属していた物達には他へ移る、という提案もなされたが、皆ここで終える事を望んだ。順に聞いて回り、最後に見つけたのが鶴丸国永だったという訳だ。
「あの木は、と言いたい顔だな」
庭先の木々は、審神者が居なくなったことによりただそこに「在る」だけだ。生きている感じはしない。その中で一本の樹だけは葉を青々と茂らせて「生きて」いた。
「あれは柘榴の木だ」
懐かしむ様な声でその樹の名を教えてくれる。その樹は生きていたが、実は一つも生っていなかった。――全て、実を落としたのだろう。
「ところで、何故光坊が全部食べたと分かったかは話したっけか?」
私は首を横に振った。終わった、と言った事しか聞かされなかった。
「小さくだが、言ったんだよ。『血の、鉄の味がした』って」
成程。頷く。確か、実に成った「へし切長谷部」は、審神者の嫉妬により戦場で折られた。嬲られ、手入れもされず折られたのなら、最期の味は血の味だろう。
「きみ。お願いがあるんだが」
突然、鶴丸国永はそう言った。何でしょうか、と問い返す。
「出来るなら、この柘榴の樹だけは、この本丸が終わる時まで放っておいてはくれないか」
頷く。彼が何を言いたいのか、とても良く分かった。
「ははっ、助かる。ありがとうな」
かたん、と音を立てて、廊下に鶴丸国永が転がった。審神者の霊力切れだろう。しまった。希望を聞きそびれてしまった。しかし、この場所で顕現が解けたのが、彼の意見である気がした。
彼を運びながら、本丸内を確認していく。もう誰もいないし、何もない。

一先ず報告書には本丸の状況と、後は私的な嘆願として、最期まで柘榴の樹を残す様に記そうと思う。


意味怖風味。
刀剣男士だからこそ、二つが一つになるっていうのは素晴らしいものじゃないかなぁ。