01.限界

 鼻先を擽る潮の香りが、季節外れの夏を思い起こさせる。頬を撫でる海風はやはり何処かべたついていて、髪が時折張り付いた。
 波がザザ、ザブン、と不定期に音を立てている。月のない真夜中の海は、何処までも真っすぐに、この浅さのまま歩いて行ける気がした。黒い水が靴を履いたままの足、ジーンズの裾を濡らして重くしている。このままならば、海底へと沈んでいける気もする。
 何処かから聞こえる優しい歌声が耳に届いた。慈しむ様な、悲しむ様な、愛する様な、嘆く様な、それでも柔らかさを孕んだ歌声が、後ろ髪を引かれる様な気持ちにさせた。声に振り返る。岩の上、夜の中に輪郭が見えた。



「最期は、綺麗な海が見たいな」と、なんとなしにそう思った。
 この世には思い立ったが吉日という言葉がある。普段ならばたったの一日、何か特別な日に有給を申請するにしても、仕事の引継ぎやそこに至るまでの書類や資料整理に作成、不在の間に行われる会議や出張の予定を頭に叩き込んで、不足がないように念入りに確認し前日まで仕事を詰め込んだ後、漸くその有給を取得していたものだ。しかし不意に脳裏を過ぎりこびり付いたその思考はそんな時間を与えてはくれない。
 労働基準法なんてあってないような連勤の最終日以降に、使う暇もなく消えていくばかりの有給を纏め一ヶ月ほど休みを届け出た。上司は有給取得率が上がる、いい事だ、と口先ばかりの褒め言葉を部署内に響くような声で言ったが、僕に向けられた視線は、何故突然今の時期に、不在時の業務が滞るようなら詰る、と言わんばかりの冷めた目をしていた。届出受理の響いた声を聞いた同僚は皆、アイツは良いご身分で、顔の良さで誤魔化そうとしているんだ、などとありもしない話をヒソヒソと零す。
 連勤最終日、これから一ヶ月も休むんだから不備のないように、不在の間の資料はちゃんと整えてね暫く休むんだから、とデスクの上は書類が山積みになった。その山の中には僕がこなさなくても良い書類が混ざっている事も分かっている。それらは全て嫌味や妬みや嫉み、所謂イジメというやつだ。
 入社当時は「頑張ろうな!」と互いに言い合い支え合ってきた同期も言葉少なに僕のデスクに書類を積む。輪から離れ、乱れるものが皆憎くて仕方がない。それに心を乱されていては終わる物も終わらないと手を進めていくと、少し山が崩れたと思ったのも束の間、追い打ちの様に次から次へ追加の書類が舞い込みまた山が形成される。
 元よりブラックなこの会社だ。普段であれば共にサービス残業をしている同僚は多いものの、今日ばかりは皆当てつけのように「お先に失礼します」と先に帰って行く。そもそも自分がこなすべき仕事を僕に押し付けてるんだから当たり前だ。気付けばオフィスに残っているのは僕一人で、最低限の照明以外消えた薄暗いオフィスで、パソコンの灯りだけが煌々と光っていた。
 積み上がった山を崩し、最後の一枚を終えてパソコンの電源を落とす頃には時計の針はもうすぐてっぺんを指す所だった。残りの照明を消して廊下に出る。革靴が床を叩く音が響く程静かな中、廊下の照明は殆ど消灯されていて、取り敢えず見えればいいだろうと言わんばかりに間隔を開けて点けられた灯りだけでは厭に不気味さが漂っていた。
 早く帰ろう、と足を踏み出す。コツコツ、コツコツ。一人きりの薄暗い廊下に硬質な音が響く。三階のオフィスから階段を降りて玄関に向かう。どの階にももう人の気配は無く、何だか世界で一人きりになった様な寂しさがあった。
 今までにもそんな日はあったが、今日ばかりは限界だと思った。一階に降り外を車が走る音やガラスの向こうに見えるネオンに、一人きりの世界を抜け出した様な、日常に戻ってきた様な感覚を覚える。不意に、視界がじわりと滲んだ。
 今日は、いや今日もか。一日中ずっとパソコンに向かっていたから、目が霞んだのかも。それに今日は書類の山を崩すのに精一杯で、昼食も抜いてしまった。だから気分が悪くなってしまって、目も霞んで、力が入らないからしゃがみたくなってしまうんだ。
 そんな言い訳も出来ないほどに心は荒み、しまいにはガラスが粉々に砕け散る様に自分の感情を抑えることが出来なくなってしまった。身体がそうしようと思うままその場にしゃがみ込み、迷子になった子供が不安がって泣くみたいに膝を抱えて視線を落とす。ぽたぽたと廊下のリノリウムに雫が落ち、その痕を残した。
「疲れたな。まだ頑張らなきゃいけないかな。何もかも終わらせたら怒られるかな。」なんて思春期真っただ中の中学生みたいなことを口には出さず心の中で繰り返しては、格好をつけて、格好良く生きて、なんて幼い頃の心掛けも忘れて、深夜零時前の薄暗い廊下で嗚咽を漏らした。オフィスビルの外には相変わらず誰かが生きている気配もちゃんとあるのに、廊下に響く嗚咽交じりの泣き声が、また僕を世界から遠ざけて一人ぼっちにさせたみたいだ。
 五分か、はたまたそんなに時間は経っていないのか、それを判断するには酷く鈍るくらいに一頻り泣いて、泣き尽くす。ずび、と子供みたいに鼻を啜ってオフィスビルの玄関を潜る。いつもお疲れ様です、と不愛想に告げる警備員は、泣き通してぐしゃぐしゃになっているであろう僕の顔を見て、僅かに眉を下げたものの決して何も言わなかった。それくらいが丁度いい。疲れ切ってしまった僕には、普段の様に「目にゴミが入っちゃって」なんて風に誤魔化せる気は全くしなかった。
 彼に会釈を返して、いつも通り徒歩十分の最寄り駅への道のりを歩き出す。終電なんてとっくに終わっている時間だが、運が良ければタクシーを拾えるだろう。
 普段なら家まで歩いて帰れないことはないが、今日ばかりはそんな事をすれば道半ばでばたりと死体の様に倒れてしまうような気がした。運よく駅の方から走って来たタクシーの行灯が灯っていることに気付き、緩く手を挙げればそれは低い位置だったにもかかわらず僕の目の前に静かに停車した。
 開いた自動ドアを潜り住所を告げる。「畏まりました」と端的に答えて無言が訪れる車内に、車の僅かな揺れとエンジンが回る音だけが良く響いている。
 まるで揺りかごの様に揺れるタクシーの窓の向こうを眺める。繁華街の煌々と輝くネオンを背負い、まだ自身と同い年か、はたまたもう一つ二つ年下やも知れない男女が笑い合うその光景は確かに「生きている」というに相応しく思えて、就職するまではあちら側にいたのだと思い出せば、何も笑えることなんてないのに笑えてきてしまった。そのまま光の筋を残す様に流れていく景色を見ながら、もしもこれがタイムマシンだったら、なんて子供のような想像を巡らせていた。
 もし叶うなら昔に戻って、就職なんて辞めてしまえよ、と過去の自分に言い聞かせたい。余りに碌でもない物だったから。今までの人生の全てが否定され、輝いて見えるはずの世界全てが色褪せて見える程に無駄で、諦観してしまうものだからさ、なんて。だけれどあの頃の僕は強情だったから、そんな忠告に一つも耳を貸しはしないんだろうな。と思った。特に周りの先輩方はつらい事もなにも見せず、ただただ世界が広がっていいものだと言っていたから。
 叶うはずのない、今更過ぎる思考をぼんやりと巡らせていると、いつの間にやら時間が経っていたらしい。「お客さん、着きましたよ」とこれまた不愛想に告げる運転手に礼を告げ、財布から札を一枚。返された小銭と紙幣を受け取りタクシーを降りる。
 ブロロ、と静けさの中にエンジン音を小さく響かせながら走り去るタクシーを見送って、我が家――築三十年の安アパートの外階段を上った。  階段の鉄板がカンカンと音を立て、時折キィ、と繋ぎ目が軋むような音がする。僅か十段と少しの階段すら上るのが苦痛だ。一階と二階、それぞれ四室あるアパートの角部屋が僕の数年前からの城だった。
「いつからこんなにくたびれてしまったのだろう。」と碌に纏まらない頭で考える。少なくともここに一人で越して来て親元から自立したばかりの頃は、そんな片鱗は一つもなかったはずだ。あの頃の世界は鮮やかで翌日が何処か楽しみだった。多少つらい事があっても、どうやって挽回しようか、どうしたらもっと期待に添えるだろう、なんて前向きで行動していられた。それがいつのまにか酷くくたびれて、前向きなんてものも、行動力なんてものも無くなってしまった。いや、今の自分自身を見れば種類は違えどあると言えるのかも知れないけど。
 ガチャン、と安っぽい鍵の音を立てながら僅かに自嘲する。ギ、と蝶番を鳴らして開く鉄製の冷たい扉を潜り、なんだかやるせない気持ちに襲われた。


 幼い頃の僕という人は、決して裕福とはいわないがそう不自由のない家に生まれ、そこで良い両親の下で一人っ子として育った。所謂地方――田舎、というには栄えていたが、それでも都市部、というには閑散としていた――の出身で、優しく、時に厳しく躾けられてきた――と思っている。
 この両親という敬愛すべき家族は努力や過程を重視してくれる人たちで、努力して何か物事を成し遂げれば必ずその事を認め褒めてくれた。たとえ成し遂げたそれが不完全でどこか欠けていてもそれは確かだったし、足らずの物事はどうすればいいか、なんてことを一緒に考え次へ活かせるようにしてくれた。
 近所からも「仲のいい家族だね」と言われるほどだったが、ある時に家族旅行へ行った先で火事に遭った。火に当てられ失明してしまった右目の事を知った時、両親は酷く僕の事を心配して涙まで流してくれた。時間はかかったけれど、左目一つで不自由なく過ごせるようになると複雑そうな表情を見せながらも成長を喜んでくれた。心配をし、気にかけてくれていたけれど、決して同情はしない良い人たちだった。


 それが、今はどうだろう。認められる、なんて物はとっくに程遠いものになっていた。努力は当たり前の物になり、それでも結果が伴わなければ一方的に詰られる。勿論実家にいたころの様に努力さえすれば認められ結果が伴わなくても良いなんて思っちゃいない。だけれど些細なミスを一つ取り上げてネチネチと同じ言葉を繰り返され、挙句「だからお前は無能なんだ」と頭ごなしに人格を全否定され、大きなプレゼンや会議を乗り越えても褒められるどころか当たり前だと言わんばかり。
 人によっては重箱の隅を楊枝でほじくる様に喋りや言葉選びなんかをずっと責め立てられ、そしてまた人格を否定され、酷いときには「こんな無能を育てた親の顔が見てみたい」と僕の人生を築いてくれた人たちまで一緒に詰られた。その時心に沸き起こった悲しみや虚無感、喉の奥がカッと熱くなるような憤り。そんなものを欠片だけでも理解してくれる人なんていなかったし、僕自身がその言い様のない感情を吐き出す方法を知らなかった。
 そうして散々人格を否定され、最後には分かったうえで内定を出されたにも関わらず、全く関係のないミスですら「これだから片目しかない奴は」とどうしようもない因縁を付けられ、僕を全て否定された。
 限界なんてものはもうとっくに越えていたのだろうと思う。今日までの日々の中で、限界だ、もう無理だと無意識は訴えていた。所謂引き際、そんなきっかけはいくつもあったのだろう。それを見て見ぬふりして、僕自身を追い詰めていた。
「僕の我慢が足りないのかも知れない。見落としてしまった僕がいけないのだろう。もう少し、もう少し。まだ大丈夫。」なんて根拠のない言葉を何度も自分に言い聞かせるうちに、引き返すタイミングを、退くタイミングを見失ってしまった。また探すには疲れ切ってしまっていた。
 それはまるで陶器の茶碗を落として粉々に砕け散るかのようだった。二度と学生時代のような心には戻れないと分かってしまった。


 のそり、重い体を引きずって、随分とオンボロになったワンルームに立ち入り照明を点ける。
 今迄はせめて身なり位整えて、とスーツを脱いでハンガーに掛けるまでを流れにしてきたけれど、それすら疲れたとその場に脱ぎ捨てる。床に散らばった衣服や、前回のゴミ出しを逃したゴミ袋。実家で暮らして居た頃からは想像も出来ないくらい散らかった部屋に、思わず笑い声が零れた。
 クローゼットの扉を開ける。今の会社に就職して数年、碌に腕を通すこともままならなくなった私服に虫食いも何もない事を確認して、久しぶりに黒いジーンズとニットのハイネックを身に着けた。
 最後に持ち出したのはいつだったか、極々小さなボストンバッグの中にもう一着だけ適当な着替えと下着を詰め込む。馬鹿みたいに紙の書類が詰まった重々しいビジネスバッグから財布とスマホ、それから貴重品を一緒に詰め込んだ。
 ここに戻る予定は無い。冷蔵庫の中にあるのは数本の水だけだ。丁度明日の朝はごみ回収の日だった、とゴミ袋をボストンバッグと一緒に携え、部屋の明かりを消し、数回程度しか履かなかったスニーカーを履いて鍵をかけた。
 カン、カンと金属音を立てながら階段を降り、外のゴミ捨て場に口を括ったゴミ袋を置く。
 もう戻る気はないと決めている癖に、誰にも伝えず戻る場所を作る僕は意気地なしだ。
 夜中に一つ、ポツンと置かれたゴミ袋が僕だったら、と想像してしまうあたり、限界は今日どころでなく、とっくに超えていたのかもしれなかった。


性癖詰込み。
救われるんですかね。