1.現在、所在不明

遺失者、燭台切光忠。
物件物品、へし切長谷部。
「……はぁ?」
政府の事務窓口を務める長谷部は、思わず訝しげな声を上げた。

* * *

「やぁ。遺失物届……は、ここに出せば良いんだよね」
その日、事務窓口に現れたのは一振りの燭台切光忠だった。彼の手中にはぴらりと一枚の紙が握られている。
「嗚呼、此処で構わない」
「なら、これ。もう書いてきているから、お願い出来るかな」
そうして差し出された書類というのが、先程訝しげな声を上げた書類である。隅々まで目を通しても決して見間違いなどではなく、物品の欄に自身の名が書かれていた。
「お前、これはどういうつもりだ」
「え?何かおかしな所あったかな?」
目の前の男は、全く分からない、とばかりに首を傾げる。キョトン、と擬音が付きそうな表情に思わず眉を顰めた。
「俺達は、刀剣男士だぞ」
「でも僕らは物だろう?」
「それはそうだが、これは書式として認められない」
「えぇ、間違った事は書いてないのに……」
「そもそも、刀剣男士を探すなら捜索願を出さんか」
「今迄はこれで、この書類で受けてくれてたよ?」
また疑問点が出来てしまった。大きく溜息を吐き、客前にも関わらず頭を抱える。
「……確認して来る」
そう何とか吐き出した言葉に、待ってるね、と笑った燭台切をその場に待たせ、書類を片手にとあるデスクへ急く。
「御手杵」
「んぁ?」
そのデスクの使用者、自身よりも遥かに先輩にあたる御手杵に声を掛けた。
「謎の書類が来た。出来る事ならこれをアイツに突き返してくれないか」
そう告げて手元の書類を突き付け、背を向けた窓口に立つ燭台切の方をビッと親指で指す。御手杵は突き付けられたその近さに驚きつつ、しかし書類に細部まで目を通すと、困ったように笑った。
「受理したって言っといてくれよ」
「嗚呼、だから早く……なんだって?」
「この書類、受理したって燭台切に伝えておいてくれって」
ますます意味が分からなかった。思わず苛立った口調で問うてしまう。
「お前も、俺達は武器だから物だ、とかなんだかんだ言うんじゃないだろうな」
「その考え自体は否定しないけど、その燭台切の持って来た書類は受理でいいんだ」
何故、良いからと押し問答になりそうな気配に、御手杵は「説明は後でするって。」と無理矢理に長谷部を説き伏せた。
そこまで相手──それも不服ながら先輩だ──に言われてしまえばどうしようもない。書類を受理の箱に入れ、不機嫌な表情を隠しもしないまま窓口へ戻った。
「どうだった?」
「……届出は受理した」
「そっか。じゃあ、またね」

──もし見つかったら、教えてね。

そう告げてひらひらと手を振り立ち去った燭台切の笑みは、何処か空虚だった。渋々見送る様に頭を下げて礼をし、頭を上げるなり振り返る。
「……で?あいつはなんだったんだ」
皆出払っており、自分と相手しかいない様な事務所で御手杵に問い掛ける。
すると少しの間の後にただただぽつり、懐かしむ様な声で「昔からあんな感じなんだよなぁ。」とだけ、端的に返ってきた。
「昔から?」
「昔から。遺失物届で、へし切長谷部を探してる。あ、別に間違えてる訳じゃないぞ。アイツは全部分かってて、わざと遺失物届で出してくるんだ」
「だから何故だ。早々ない事だが、仮に俺達が居なくなるような事があれば捜索願だろう」
「そりゃあ、アイツ──」
そこまで言って突然御手杵が黙ったものだから、長谷部は今し方受理した件の書類に伸ばした手を止めた。
「あいつが、なんだ。」
追うように問い掛ける。
すると御手杵は苦笑がちに笑みを浮かべ「一応個人情報?だし、ただじゃ話せないよなぁ。」と零す。なんだそれは、と苛立ちを示そうとした長谷部の眼前で相手は腹を摩った。
「軽食奢りでどうだ?」
「普通に腹が空いたと言ったらどうなんだ。……行くぞ。何が食いたいんだ」
「よし、取引成立ってな」
窓口に『只今休憩中です』と書かれた札を取り付け、二人は事務所を出た。

* * *

さて、場所は変わり、政府所属者専用の食堂にて。長谷部の前には珈琲。御手杵の前には珈琲とトーストが三切れ。その内の一枚を頬張る御手杵に、長谷部は話の続きを促した。
「それで、あいつがなんだって?」
「アイツなぁ……あの燭台切、自分の本丸の長谷部と恋仲だったんだってさ」
予想外の言葉に、長谷部は口を付けたばかりの珈琲を思わず吹き出しそうになった。吹き出すのを堪え無理に飲み込むと、ゴホ、と思わず噎せてしまう。
「っ、こ、恋仲?」
「おう。そう確かに本人が言ってたし、あまりに話を聞かないもんだから、当時の古参連中が各本丸の管理ファイル見てまで確認してたぜ」
俺も最古参になってから改めて確認したから間違いない、と御手杵は付け足した。
「……いや、あいつとそこの俺が恋仲だったからと言って、あの届出の理由にはならないだろう。寧ろいい迷惑じゃないか?そこの俺に失礼だとは思わないのか」
「それがなぁ……折れてるんだよ。そこの長谷部」
二枚目のトーストに口に運びながら、御手杵は肩を竦める。サクサクとした音にそぐわない内容だった。
「折れてるから、アイツは絶対に捜索願は出さない。もう居ないから、って当時の担当者に言ってた、し……そういえばその時の担当も長谷部だったな」
懐かしむ様に口にしながら、もぐ、とトーストを咀嚼する。長谷部は緊張だかなんだか分からない乾燥に、また珈琲を一口飲み下した。
「ことある事に出してくるのか」
「嗚呼、届出は結構不定期、に……いや、違うな。多分、長谷部達が異動して、事務窓口に違う長谷部が来る度に来てる」

──まるで、本当は折れてない、此処に居るんだって、ありもしないものを探してるみたいに。

ごくり、といやに珈琲を飲み下す音が響いた気がした。
「……あいつは何をしたら満足するんだ?」
「わかんねぇなー。少なくとも、また少ししたら来るってくらいか」
「……俺は一度受理した以上、却下も破棄もするつもりは無いが?」
きょとんとした顔で問い掛ければ、違う違うと手が顔の前で振られた。
「あの届出を出して、暫くしたらまた長谷部に会いに来るんだよ。絶対に。で、それが積み重なってなんか不気味に感じるから、長谷部達は異動してったんだ」
会いに来る。その言葉に長谷部の頭は疑問符で占められた。
「……何故?」
「……さぁ?」
無論、現部署に長く在籍すれど当事者でない者と、日の浅い当事者だけでは分かる筈もない。御手杵は残りのトーストを頬張り、長谷部は少し冷めた珈琲を一気に飲み干す。
「……戻るか」
「だなー。まぁ、余っ程厄介そうなら少しは何とかしてやるって。助け舟出すとか」
「それは有難いな」
二人して食堂を後にする。会計しようと財布を出すのにもたついていると「払ったから行くぞー。」と御手杵が先を歩いた。実際に会計は済まされていて、そんな事をするのは前を歩くあの長身の大先輩しかいないのだから、案外気の回る相手に堪らず歯噛みした。
一先ず駆けだして、ぼんやり歩くその背に頭突きをするに留めた。

* * *

それから、一週間ほど経った頃。
「やぁ、長谷部くん。こんにちは」
「……お前の遺失物は見つかってないぞ」
「だよねぇ。分かってるよ」
窓口で話し込む煤色と青黒。事務作業が滞るでもない、と同係の皆は見て見ぬふりをした。
「分かっているなら何の用だ」
「何となく?長谷部くんに会いたくなったんだよね」
「っは、くだらんな。仕事が滞る。帰れ」
相手の揶揄う様な言葉に、窓口カウンター下の足が照れたかのようにトントンと床を打つ。僅かに脳裏を過ぎる懐かしさを、長谷部は見て見ぬふりをした。
冗談の延長線で話し込む二人を、最古参の長身だけが興味深そうに見ている。


元々は読み切りとして書きました。
設定を練る内に重くなってしまいそうなのでどうしようかなぁ。